狩猟の現場では、信頼のおける刃物が必要になる状況が多くある。狩猟に使える刃物には、メーカーが作る大量生産品から鍛冶屋が作る鍛造品、ファクトリーが作るカスタムナイフなど様々なものがあるが、その中でもこの記事では止め刺しに適した刃、フクロナガサ(別名:叉鬼山刀 マタギナガサ)を紹介する。
鬼よりも強い猟師、叉鬼(マタギ)
現代でいう「マタギ」とは、東北地方・北海道から北関東、甲信越地方にかけての山岳地帯で、鉄砲を使う猟師を広く指す言葉である。
しかし、本来は山に入った時に用いられる山言葉で「人間」あるいは「成人男子」を意味し、厳しい掟と山岳信仰によって生まれた独自の狩猟文化を引き継ぐ狩人のことを指していた。その歴史は平安時代にまで遡るとも言われる。
マタギの語源については諸説ある。アイヌの言葉で狩猟を指す「マタンギ」が訛って「マタギ」となったという説、山を跨ぐ(またぐ)健脚に由来して「マタギ」という言葉が生まれた説、鬼の強さを誇る熊さえ仕留め、その鬼よりもまた更に強いので叉鬼:マタギとなったという説もある。
彼らは命を賭した狩猟の現場で、卓越した技術を発揮し獣を仕留めていた。また、狩猟の技術だけでなく、冬場の山を生き抜くためのサバイバル技術や、仕留めた獣を山の恵みとして余すことなく活用する解体技術も高度なものであった。
マタギが装備の中で最も重視したものとは・・・
言うまでもなく、山の厳しい環境では特に装備が重要である。装備の中でマタギたちが特に重視したのが「ナガサ」と呼ばれる山刀(大型のナイフ)である。 枝を払うときは鉈として、藪を切り払うときはブッシュナイフとして、包丁代わりに山菜や肉・魚を調理することもできる。
木を倒して沢に橋を架けたり、薪を割ったりすることも、そして小屋掛けをしながら獲物を追う際に簡易な小屋をつくることも。もちろん、熊や鹿などの大物でも、ナガサ一丁あれば容易に解体ができる。マタギ達は、ナガサを欠くことのできない生活用具として使っていたのである。
今でも広く使われる高性能ナガサ、フクロナガサ
マタギの郷として有名な秋田県の阿仁では、「フクロナガサ(別名:叉鬼山刀 マタギナガサ)」と呼ばれる万能ナガサが、今も受け継がれている。その性能の高さから、地元のみならず各地の狩猟現場やアウトドアなどで広く使われている。
フクロナガサの特徴
フクロナガサは代々の西根正剛が伝統に創意工夫を重ねた業物であり、現在も四代目(本名:西根登氏)によって、一本一本手打ちで作られる。獣の首を一打ちで砕くほどの性能で、大量生産の安物とは格段の品質の違いを誇る。
中空の柄
フクロナガサの一番の特徴は、刀身と柄が一体成型されていることである。柄を溶接するのではなく、刃体と一体で地金を赤め、特殊な金床とハンマー一丁で叩き出す鍛錬の技である。
下の写真のとおり、袋状(中空)の柄の合わせ目は僅かに隙間が空き、握り締める握力を吸収することにより力が入るとともに、物に食い込んだ瞬間の衝撃が直接手首に伝わらない効果もある。
中空になった柄には、真っ直ぐな棒を差し込むことができる。止め刺しとしてのフクロナガサ使用法が紹介されているので、参考にされたい(参考記事① 参考記事②)。
昔のマタギ猟で使われた銃は主に単発の村田銃であったため、連発して撃つことができなかった。そのため、向かってきた獲物を撃ち損じた場合は、ナガサで戦っていた。
故・三代目西根正剛(西根 稔氏)も、手負いのクマにフクロナガサを使って止めを刺したことが何度もあったという。 因みに、狩猟の達人に止め刺しの極意を聞いたところ、「やるなら一瞬。じりじり向かい合ったりせずに、スパッと刺すこと」だそうだ。
厳選鋼材を使用
フクロナガサに用いられる鋼材は、島根県の安来鋼(ヤスキハガネ)である。現在、安来鋼は先端技術に用いられる材料の強さが求められる刃物・金型に使われており、また日本刀の正統的な和鋼素材としても有名で、全国の刀匠に使われている。
フクロナガサは、安来鋼の中でも終戦前までに製造された希少なストックを使用している。
今でも日立金属がヤスキハガネとして製造しているが、戦前の安来鋼とは全く別ものである。他所ではもはや使うことのできない希少な厳選素材を、フクロナガサでは贅沢に使っているのである。
強じんな刃
止め刺しにつかう刃物にとって特に重要なのは刃の強靭さである。脆い刃だと、獣の厚い毛皮に阻まれ、簡単に曲がってしまう。 一方でフクロナガサの刃は非常に強じんである。
十分な厚みに加え、他所では入手不可である希少な安来鋼に中軟鉄を合わせ、何度も熱して打ちたたくことで不純物が取り除かれた結果、強じんな刃に鍛え上げられる。
その結果、折れず、曲がらずな強じんな刃を実現している。また焼き入れは特殊な油焼き入れを施しており、これによって刃が一段と丈夫になっている。
切れ味について
フクロナガサは刃の背(裏)が少し沿って作られている。これは「裏押し」と呼ばれる日本刀の製造にも使われる技術であり、切断の際の摩擦抵抗を減らすことができる。 使い始めのうちは、刃保ちが悪いと感じることもあるだろう。
しかし、研いでは使い、使っては研いでを繰り返していくうちに、真の刃が姿を現す。研ぎの感触も変わり、しなやかで驚くほど切れ味の良い刃となるのである。 止め刺しの際は吸い込まれるように刃が入り、体勢が悪くても獲物に届きさえすれば一撃で致命傷を与えられるほどである。
刃を育てていく楽しみも、フクロナガサの魅力の一つである。
秋田杉の鞘
フクロナガサの鞘は、水濡れに強く刃が錆びにくい秋田杉、それも原生林の古木の一枚板から作られる。また日本一といわれる秋田県角館市の樺細工が、鞘の化粧帯に使われている。
ただし、資源保護のために天然の秋田杉の伐採は中止となっているため、この伝統工芸品とも言える鞘はいずれ他の材に変わるであろう。
フクロナガサの購入について
過酷な状況下で数百年にわたって改良を重ねた末に辿り着いた究極のナガサ、「フクロナガサ」。狩猟・有害駆除における実用性も抜群である。洗練された刃の美しさもあり、一生ものの相棒として長く使えることは間違いないだろう。購入は以下のリンクから。 ★商品一覧※「叉鬼山刀」「フクロナガサ」は西根打刃物製作所の登録商標です。 商標登録 叉鬼山刀 第4022508号 商標登録 フクロナガサ 第3342939号
必ずお読みください
フクロナガサを狩猟・有害駆除用途として使う場合、公安委員会の許可は必要ない旨を警察署にて確認しておりますが、銃砲刀剣類所持等取締法(銃刀法)や軽犯罪法等の範囲に含まれます。
止め刺し行為を行う現場以外でフクロナガサを槍の形態にして持ち歩くことは絶対に避けてください。狩猟・有害駆除時以外で、フクロナガサを車の中に置いたままにすることも避けてください。
銃刀法の違反によって、狩猟免許等が取り消されるケースも散見されています。 刃長サイズにかかわらず、理由のない持ち運びは全てが上記法令の規制対象になり得ます。 正当な理由があれば「携帯」してもよいですが、その場合でも使用しないときは厳重な梱包が必要です。
※正当な理由とされる場合の例
・狩猟・有害駆除・罠の見回りの際の往路、復路
・買った刃物を自宅に持ち帰る、修理のためにメーカーや販売店に持っていく
・ジビエ調理のために調理師が店に自分の包丁として持っていく